シングルマザーとチュパカブラ

2015年、シングルマザーになりました。天真爛漫という皮を被った破天荒な女児とジジババ猫の暮らし。

家族が老人になったら

こんばんわ。

私は介護の現場で働いています。

まだ介護職に携わって、一年も立っていないのですが、そのフレッシュさで感じたことを。

 

 

家族が老人になり、認知症等々、死に近づいていく両親を見ていく子供たち。

 

子どもたちといっても、とても大人、むしろ私からしたらおばあさん、おじいさんになってきます。

親が90歳になると、子供だって年寄りになるわけです。

 

私の母も絶賛両親の介護中なのですが、その中で感じた悲しい事。

 

誰しも、親は年を取ると思います。

いままでの母でなくなっていく過程を、受け止めて噛みしめていかなくてはいかない、そうしなければいけない状態に立たされます。

 

娘が誰だかわからなくなる、区別がつかなくなり、耳が遠くなり、トイレも一人でいけなくなる。

人格が崩壊し、いままで隠してきたような心の黒い人格までも垣間見ることになります。

 

私の働いている施設で、娘様の事を判別できなくなったおばあさんがいました。

今まで、娘様が来るととてもうれしそうにしていました、その次に、面会に来た時、娘様の事をスタッフだと思い、

「先生、助けて、先生」

と、娘様に話しかけていました。

その時の娘様の表情は、何とも形容しがたく、とても寂しそうで、ショックを受けていて、泣きそうで、

「大丈夫だよ」

と、優しく母親に話しかけていました。

 

ショックだと思います。自分を分からなくなってしまった母親を目の前にし、何の反応もできず、攻めることも、泣くこともできず、その悲しさを噛みしめなければいけません。

 

今まで自分の名前を呼んでいた母親が、まるで他人に話しかけるように自分に話してくる。

 

今ま少し面倒くさい癖がある親の、その癖が浮き彫りになり、ただただスタッフに謝っている娘様や、もう返答もできない父親に話しかける姿や、怒り狂い文句をただただぶつけて来る親に対応し、疲れた表情で帰っていく様子や、スタッフ側も切なくなるような場面も何度も見かけます。

わがままに歯止めが利かなく、振り回されている様子をうかがうと、とてもじゃないけど、これが自分の両親だったら心底メンタルがすり減っていくだろうな、と。

 

まだ施設だから、その場を去ることができるけど、自宅介護だとそうはいかないでしょう。

その苦悩は、計り知れないものだと思います。

 

まだまだ、「介護」について甘い考えの世の中なので、大変で、涙が出て来るだろうと。

 

介護の現場で働いているスタッフの感情とは、また別の物だと思います。

スタッフは、所詮スタッフ。

だけど、その現場にいる者が故、出来ることも多いと思ってます。

 

実の両親に言われて悲しい言葉でも、スタッフだと受け流せたりするのです。

だって、所詮は他人ですから。

だから、不穏を解消に向かわせることもできる。

逆にスタッフにできない解消法を、家族様が持っている。

不穏で対応がとっても困難でも、少しの時間の面会でそれがすべて解消し、ケアがとてもスムーズになり、スタッフ自体の心労や疲労が軽減するのです。

 

悲しい表情で、それを胸に秘めているご家族様を見ていると「あぁ、もっとがんばろう」と、私は思います。

 

入居者様のケアをするスタッフ、だけど、ご家族様の支えにもなれるケアスタッフになれればな、と。

 

 

介護はとても大変です。

相手は人間、それも、脳になんらかの異常があったり、身体になんらかの異常があったりする、身体が思うように動かない、だけど、長年生きてきて知恵を貯め込めた老人です。

生半可な物ではないのだな、と働いていてわかりました。

 

医療現場でも、それは同じだと思います。

 

 

大変なら、とても大変ならありとあらゆる手段を使って助けを求めてほしいなと。

めげないで、諦めないで、色々な手段を使って、家族の共倒れは無いようにしてほしいなと。

その為に「プロ」がいるんじゃないのかなって、そう思うのです。

 

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